《停念堂閑記》45

「停念堂寄席」36

 

 《与太郎君とご隠居さん》6

 

 〈神様〉3

 

ようこそいらっしゃいませ。

しばし、ヒマ潰しにお付合い下さいませ。

 

 与:「ご隠居 留守かい」

 隠:「残念でした 与太郎さん 今日も在宅ですよ

 但し “天婦羅蕎大明神”“うな丼大明神”は 出掛けていて 留守です

 お願いごとをしても無駄ですよ」

 与:「ご隠居 それは甘いだよ オラを誰だと思ってんで

 オラは そんじょそこらの与太郎さんじゃねーよ

 留守番の達人だよ 世に名人と言われる人は多々あるが

 達人は稀だよ オラはその達人だべ けーるまで 留守番するべ」

 隠:「それが 外国まで行っていて 当分帰って来ませんので」

 与:「外国ね それでは ちょくら待っててくだせー

 オラ家へけーって 歯ブラシとパジャマ持って来るだ

 当分 泊まり込みの留守番になるだからなー」

 隠:「与太郎さん 勘弁して下さいよ 日通いでも大変なのに

 住み着かれては たまりませんよ」

 与:「ご隠居 冗談ですだよ “天婦羅蕎大明神”“うな丼大明神”が留守でも

 ほかの神様がなんぼでもおりますだよ

 オラ すっかり感受性が高まっちまってよ すぐ神様を感じるだよ」 

 隠:「あーあ 与太郎さんに とんでもないこと 教えちゃいました」

 与:「ご隠居 今日は どんな神様がよーござんすかねー

 一応 ご隠居の好みを窺ってから どの神様を感ずるか 決めますんで

 ボランティアとして それくれーの配慮はしますだよ」

 隠:「ご配慮 痛み入ります それでは

 安上がりの“ラーメン神様”と言うことで」

 与:「へえ 承知いたしやした “フカヒレラーメン大明神”にしますべー」

 隠:「えー どうして フカヒレなんかが くっつくのです」

 与:「へえ ボランティアとしては ご隠居に少しでも美味しいものをと

 気を遣いますだよ おばあさんの分も ちゃんとおねげーしときますから

 フカヒレラーメン 3人前 宜しくおねげー いたしやす」 

 〈パチ〉 〈パチ〉

 隠:「こちらに向かって かしわで なんか打たないで下さいよ 本当に

 あっそうだ 忘れてました 今日は 神様の休日でした

 与太郎さん 今日は神様みんなお休みですから

 願いごとをしても駄目ですよ」

 与:「残念でした ご隠居 もう既にお願い済みだよ

 ご隠居の〆切宣言前に ちゃんと手を打ってありますだ

 もう注文してしまいましたから」

 隠:「もう 与太郎さんには かないませんね

 ところで 今日の用件は何ですか」

 与:「昨日は その人が神様を感じた時に

 その人の心に神様が存在したことになる と言う

 神様 誕生の 極意を教わりまして

 今日は はなはだ突然ではありますが

 “フカヒレラーメン大明神”を感じちゃいまして

 ご隠居 どうも有り難うごぜーやすだ

 そこで 今日もまた 神様の続きを聞かせてもれーてーと

 こうして はるばる やって来やしたのでげす」

 隠:「はるばるって 与太郎さんのところとは 目と鼻の先ですよ

 与太郎さんが くしゃみしたら 聞こえるのですから」

 与:「それがね 今日は ちょいと 遠回りをしてきただよ

 それ 昨日思わぬ弾みで うな丼をゴチになりやして

 有り難うごぜーやした

 旨かったなー オラ スーパーの半ペラウナギ以外のを食べたのは

 ほんに何十年ぶりかだよ これと言うのも

 みんな神様のお蔭と思いやしてね

 今朝は 向こうの神社様へ 御礼参りに行って来ただよ

 神社は 普段通り営業してやしたよ

 今日は神様はお休みなんて 張り紙も出ていなかっただよ

 そんで 内緒だが 実は 先を読んで

 フカヒレラーメンも おねげーして 来ただ

 こころよく 聞入れてくれただよ いー神様だべ

 ついでに ご隠居のことも元気で 長生きするように

 よーくお願いしてきただ

 なんったって ご隠居は オラの“うな丼大明神様”だからな 

 長生きしてもらわないと 困るだよ

 それで 今日は はるばる と言うことになっただよ」

 隠:「それは それは どうもご苦労さまです

 ついでに 与太郎さんの都合で 私の長生きまで

 お願いして下さいまして 恐縮でございます」

 与:「なんのなんの ボランティアとして 当然のことですだ

 ところで ご隠居 神社はあちこちに よく見かけるだが

 神社には神様がおるだか」

 隠:「そうですね 神様は その神様の存在を信ずる人の心に宿るもので

 神社は 同じ神様を信ずる人々が

 その神様をお祭りするために造ったものと思います

 だから その神様を信ずる人々が

 お祭りした神様が その神社におられると信じていれば

 神社に神様がおられることになるのではないでしょうか」

 与:「そんなら 神社へ行ったら 神様を見ることはできるだか」

 隠:「まず 第一にその神社に祭られている神様の存在を

 信じていなければならないと思いますよ」

 与:「その神様の存在を信じていれば 神様は見えるだか」

 隠:「信じていても 見える場合と 見えない場合があるように思いますよ」

 与:「ご隠居 見える場合とは どういう時だべ

 やっぱり お賽銭の額によるだか」 

 隠:「見える場合は その信者さんが

 自分の信じている神様は 見えると信じている場合ですね

 お賽銭の額については 与太郎さんだったら どう思いますか」

 与:「オラの場合は 基本的には お賽銭は不要

 最高でも 100円までだな」

 隠:「与太郎さんが そのように思っているのなら それで良いと思いますよ

 与太郎さんが言っていた ドラマに出て来る悪徳政治家と違って

 神様は 裏で金銭を巻き上げるようなことはしないと思いますよ」

 与:「だけんど 時々 私は神だ 願いを叶えて欲しければお金を出せと言って

 大金を集めて 捕まったのがいるだよ」

 隠:「時々 いますね あれは神様を利用した詐欺のようですよ

 当人は 私は神だと信じきっているように言っている人がいますので

 難しいところはありますね

 ですが、金銭を問題にする神様は 良い神様でないように思います

 与太郎さんは お賽銭を出さなければ 願いを聞いてくれない神様を

 信じますか」

 与:「と とんでもねえ オラは お金を出せと言う神様は

 ぜってー 一切信じないだよ

 オラの神様は うな丼を奢ってくれる大明神様だよ

 その“うな丼大明神”が ご隠居

 与太郎に うな丼を奢るように仕向けるだな

 ご隠居は “うな丼大明神”の使いと言うわけだよ」

 隠:「何だか ドラマに出て来る悪徳政治家の手口に通ずるところはありませんか」

 与:「ご隠居 それはねーですだ きっばり それはねーだよ

 “うな丼大明神”とは 裏金の遣り取りは いっせーねーだよ

 はたまた 脅迫なども いっせーねーだよ 

 そこは オール クリーンだべ

 ただ 強力な願いあるのみだよ 

 ご隠居から教わった 信心あるのみと言うもんだべ

 ありがてー ありがてー 信ずるところに神様ありき だよ」

 〈パチ〉 〈パチ〉

 隠:「与太郎さん こちらを向いて拝むのは およしなさいよ

 ひょっとして あなた 全て了解の上でやっているのではないですか」

 与:「ところで 神様は見えると信じていれば 本当に見えるだか」

 隠:「見えると信じていても 見えない場合もあるのではないでしょうか」

 与:「どんな場合だべ」

 隠:「それは 多分 その信者さんが 自分が信ずる神様の姿を

 心の中で具体的に描く事が出来ていない場合のように思われます」

 与:「自分の信ずる神様の姿は 自分の心の中で描けばいいだか

 だったら オラは やっぱ剛力彩芽ちゃん似だな

 彩芽ちゃん似の神様が 熱々のふかひれラーメンを持って

 与太郎さん どうぞ なんて 言われたら オラどうするべ

 そうとなりゃー こんなことしてるばあいじゃねーだぞ

 ご隠居 オラ もう一度 神社へ行ってくるだ」

 隠:「ちょっと ちょっと 与太郎さん

 あなた また じぶんの都合の良いことばかり考えて

 神社へ行って “彩芽ちゃん似ふかひれラーメン大明神”に逢おうなんて

 そんな都合良くは 参りませんよ 私だって 彩芽ちゃんのファンですから」

 与:「ご隠居 年に似合わず だいそれたことを」

 隠:「余計なお世話ですよ 冗談に決まってるではないですか

 与太郎さんが行こうとしている神社には

 “ふかひれラーメン大明神”は祭られていませんよ

 あそこは 八幡様ですから 行っても無駄です」

 与:「じゃー 何処の神社へ行けばいいだベ」

 隠:「何処と言ったって “ふかひれラーメン大明神”を祭った神社なんて

 聞いた事ありませんよ

 だいたい “ふかひれラーメン大明神”なんて 

 与太郎さんが 勝手に造ったばかりの神様でしょ

 だから “ふかひれラーメン大明神”をお祭りしたければ

 与太郎さんが その神社を造ったらどうですか」

 与:「ご隠居 オラが神社を造るだか」

 隠:「そうなりますよ

 与太郎さんが “ふかひれラーメン大明神”を誕生させ

 “ふかひれラーメン大明神”をお祭りする施設が必要だ と思うのであれば

 その神社を造るよりありませんよ」

 与:「オラが 一人でだか ご隠居

 隠:「今のところ “ふかひれラーメン大明神”の信者は

 与太郎さんだけだから 与太郎さんが一人でやるよりないですね」

 与:「それなら“ふかひれラーメン大明神”の信者を増やせば 

 その信者で 神社を造ればいいだよな」

 隠:「そういうことになりますな 信者ができればですよ 与太郎さん」

 与:「そいじゃ 信者を探すベ

 まず 八と熊だな “ふかひれラーメン大明神”を信ずれば

 ご隠居が ふかひれラーメンをおごってくれると言ったら

 すぐに信者になるな」

 隠:「何言ってるんですか 私は“ふかひれラーメン大明神”なんて

 全然信じていませんからね 何で私が ふかひれラーメン

 おごらなければ ならないのです 冗談ではないですよ」

 与:「ご隠居 そんなつめてーこと言わずに おねげーしますだ」

 〈パチ〉 〈パチ〉

 隠:「だめです 私に向かって かしわでを打つのは 止めて下さい

 与太郎さんは “ふかひれラーメン大明神神社を造って

 “ふかひれラーメン大明神”を拝めばいいでしょ

 私は 関係ないのですから

 私の心には “ふかひれラーメン大明神”は存在しません」

 与:「ご隠居の心に “ふかひれラーメン大明神”が存在しなくても

 オラの心には ちゃんと存在するだよ

 ご隠居に そっくり 瓜二つ 一卵性双生児で区別がつかねーだ」

 〈パチ〉 〈パチ〉

 隠:「およしなさいって 言っているでしょ

 私は神様でも その一味でもありません

 産まれ落ちて以来75年 人間一筋でやってきているのです

 食い意地のはった 与太郎さんの都合で

 “ふかひれラーメン大明神”の一味にされては たまりませんよ」

 与:「今更 そんなこと 言われたって 困るだよ

 昨日は “うな丼大明神”のご利益で

 オラに うな丼おごってくれたでねーか」

 隠:「違います 昨日のうな丼は 

 与太郎さんが、いつも暇つぶしにやって来て

 私と遊んでくれるので その御礼にと 私が御馳走したのです

 神様は関係しておりませんよ」

 与:「そしたら 今日の ふかひれラーメンはどうなりますんで」

 「与太郎さんは “ふかひれラーメン大明神”に御願いしたのでしょー

 剛力彩芽ちゃん似の“ふかひれラーメン大明神”が

 岡持もって おまちー って やってくるのでしょー

 来たら一緒に写真とりましょーよ

 そしたら 私も“ふかひれラーメン大明神”を信じることにしますよ」

 

 隠:「与太郎さん なかなか来ませんね “ふかひれラーメン大明神

 私はラーメン屋さんに 電話することにしますが

 与太郎さんは まだ“ふかひれラーメン大明神”を待ちますか」

 与:「ご隠居 オラ こう見えても 切り替えは早いだよ

 ラーメン一丁おねげーしますだ

 本当のことを言うと オラは神様よりも

 ご隠居を一番信用してますだー

 ご隠居の言うことにまちげーはねーだよ

 ご隠居のいうとおり

 今日は “ふかひれラーメン大明神”はお休みだべ

 連休ではねーから 明日は出勤してるだな

 ふかひれラーメンは 明日にすべー」

 

お疲れ様でした。

 お後が宜しいようで