《停念堂閑記》44

 「停念堂寄席」35

 

 《与太郎君とご隠居さん》5

 

 〈神様〉2

 

ようこそいらっしゃいませ。

しばし、ヒマ潰しにお付合い下さいませ。

 

 与:「ご隠居 留守かい」

 隠:「与太郎さんかい 今日もあいにくの在宅中でございます」

 与:「今日もですけー たまには 出掛けてくだせーよ 

 留守番は オラが責任をもって してやるだから」

 隠:「それには 及びません 

 そして 今後出掛ける時は 鍵を隠さず 持っていくことにしますから」

 与:「ご隠居 それはだめだべ 途中で落としでもしたら 永久に家に入れませんぜ」

 隠:「大丈夫ですよ おばあさんがスペアを持っていますから」

 与:「ご隠居 そんなことせずに 頼みますから鍵をどこかに隠しておいてくだせーよ

 オラ ご隠居の家の鍵探しをしねーと 調子が出なくて 困るだよ

 絶対に 誰にも分からねー 隠し場所を教えるだから」

 隠:「そのような場所は ないのではありませんか 

 どうせ 狭い庭のことですから」

 与:「ご隠居 そうヘソを曲げねーでくだせーよ この前 そのように言ったのは

 話のはずみと言うものだべ 改めて見晴らせば 

 こんな 広い庭 と言うより 大庭園 なんぞとは比べものにならない大自然

 あちらに見える こんもりしているのは エベレスト

 その頂きから落ちているのは ナイアガラ

 草原では ライオンがシマウマを追いかけておりますがな ほんまに」

 隠:「与太郎さん あなた 年寄をオチョクッテは いけませんよ

 まあ 800坪ほどはありますが」

 与:「そりゃー そうですとも ウソ800坪は下りませんよ ご隠居

 隠:「くだらない ハッタリ合戦をやっても しようがありません

 どうせ 6坪半の庭ですから」

 与:「ご隠居 そんな本当のことを言っては みもふたもないべ

 せめて 8坪くらいのハッタリをかませなくては

 誰も 知らねーんだから」

 隠:「6坪半を 8坪に ハッタリをねー たいしたハッタリですね

 せめて 切りのいいところで 10坪と言うわけにはいきませんか」

 与:「よーござんす この際 倍の13坪で 手をうつべー」

 隠:「バカバカしいこと言ってるんじゃー ありませんよ

 参考のために 聞いておきます 

 どこに隠せば 貴方にみつから無いのです」

 与:「よーがす それでは とっておきの 秘密の場所を教えるべ

 ご隠居の欠点は この 広大な6坪半の庭にこだわるからだよ」

 隠:「13坪で手をうったはずですが」 

 与:「これは失礼しやした ハッタリの13坪でげす」

 隠:「ハッタリは余計ですよ」

 与:「まず ご隠居はこの13坪の限界を越えることが 肝要だべ

 と言っても 新幹線博多までいくわけにもいくべー」 

 隠:「当たり前ですよ 博多まで玄関の鍵を隠しにいく人が いますか」

 与:「ご隠居 もののたとえだよ そんなムキなって

 てごろな 近くの穴場を教えるだから」

 隠:「せいぜい 半径10メートル位に留めてくださいよ」  

 与:「でーじょうぶでげす オラの家とご隠居の家は はす向かい

 ほんの鼻っさきでげすから」

 隠:「えっ 与太郎さんの家 貴方の家には庭なんか ありませんよ」

 与:「なきゃー 何とかするだよ ほれ ご隠居の庭

 ハッタリで増やした6坪半 あれを使いやしょー」

 隠:「えー もう取り返すのですか 油断も隙もありませんねー」

 与:「冗談だべ 庭なんか どうでもいいだよ

 庭はなくても 雨樋はついてるだ

 その下に平てー 石があるだから その下に隠してくだせー

 まず 誰も手出し しねーだから」 

 隠:「そんなところ 一番先に目がいきますよ」

 与:「でーじょぶだよ ちゃんと おまじないをしてあるだから」

 隠:「おまじない まさか 鳥居を描いて

 オシッコ禁止なんて書いてあるのではないでしょうね」 

 与:「ご隠居 オシッコなんて そんな甘くはねーだよ

 その一段上をいくだよ」

 隠:「一段上なんて まさか 与太郎さん “ウ”のつくものではないでしょうね」

 与:「さすがはご隠居 このごろはメキメキ 察しが良くなってきゃしたね

 大正解 “ウ”の字ですねん これを 二つ三つ石の上に載せておくだ

 たった これだけで 手出しする者はいねーだよ」

 隠:「それは 普通 そんな所に手出しする人は

 いないでしょーよ 与太郎さん以外には」

 与:「ご隠居 でーじょーぶだよ 猫のよく乾燥したやつだから 

 そして 樋の影に 青い火鋏を隠したるだから

 それを使えば でーじょうぶですだ」 

 隠:「青い火鋏って 私のところで使っていたのが  

 数日前から見当たらないのですよ」

 与:「へえ この間 ご隠居の庭に捨ててあったのを 拾っただ」

 隠:「捨ててあったのではありません 置いておいたのです」

 与:「大丈夫だよ これからは 共同で使うことにするだから

  ご隠居も 遠慮なく 使ってくだせえ」

 隠:「本当に 困ったものですね」

 与:「と言うわけで まさかご隠居の玄関の鍵が

 オラの家の 樋下の 猫の“ウ”の字の下に隠してあるとは

 お釈迦様でも気がつきやせんから」

 隠:「お釈迦様が 与太郎さんの家の 猫の“ウ”の字の下など 探しますか」

 与:「大丈夫ですだ どうぞ お気軽に ご利用くだせえ

 よしんば 鍵を見つけられたとしてもですよ

 その時は間違げーなく オラの家のと勘違いするだから

 オラの家の錠は その鍵では ぜってー開きやせんから

 オラの家の錠は ぜってー開きやせん

 へえ 錠なんど かけてねーですから」

 隠:「それでは 与太郎さんの家は 不用心ではないですか」

 与:「ご隠居 その心配はねーですだ

 オラの家の防犯は 完璧でやすから

 なんにも 置いてねーだ 盗れるものがあったら 盗ってみろてんだ

 こないだも 警察の防犯係のお巡りさんに褒められただよ

 お宅には ぜってー ドロボウは へーらねーって

 そそっかしー 野郎が入った場合は 気の毒にと

 何か置いてくに ちがいねーと」

 隠:「それはそれは 用心深いことで

 しかしですよ 肝心の与太郎さんが 隠し場所を知っているではないですか」

 与:「それなら 心配はねーだよ

 オラ 江戸っ子よ 宵越しの記憶は持たねー

 一晩寝れば みんな ころっと忘れやすから」

 隠:「ところで 与太郎さん 今日のボランティアの内容をお伺い致します」

 与:「ご隠居に お伺いされると オラ ・・・」

 隠:「・・・・・・・・・」

 与:「ご隠居 どうしやした 先回りして

 “はいはい 分かってますよ 断れないタチなのでしょ”と来ないだよ」

 隠:「だって 昨日 あなた

 “オラの決め台詞を 最後まで言わせろ”と言ったではないですか

 これでも 気を遣っているのですよ」

 与:「それはどーも しかし このごろは

 ご隠居のつっこみがねーと ちょと チョーシが出ねーようでして」

 隠:「はいはい それでは 頃合いを見て つっこませて いただきます

 チョーシを出して下さいよ」

 与:「まってました 早速 チョーシを出すだよ

 さーさー ご隠居 いっぺーやって くだせー

 昨日の約束通り お酒を持参しただよ」

 隠:「なんです 昼間っから お酒など 出して」

 与:「昨日 酒を飲ませて ヨッパラツタ ところで

 その 特上うな重 特上ステーキなど

 いろいろと そのお約束を取付けるべー と思いやしてね」

 隠:「それは 貴方が勝手に言い出しただけのことですよ

 特上のなんとか なんて まったく 約束した覚えはありませんよ」

 与:「まーまー そのへんのことについては

 いつぺーやりながら 協議することにするべー まーまー おひとつ」

 隠:「これは恐れ入ります

 しかし 与太郎さん このお酒 随分ホコリがついていますよ」

 与:「それが ご隠居に一番たけーのを と思いやしてね

 一番高いのを持って来やしたもんで」

 隠:「それはそれは 気を遣って頂きまして 恐縮です

 それにしても ホコリまみれですね」 

 与:「へえ 誰も高くて手のとどかねー 一番高いのを持ってきやした

 酒屋の一番上の棚に置いてあったやつだよ

 相当の年期ものだと 酒屋のオヤジが言ってやした

 随分 値引きしてくれただ おかげで オラ 助かっただよ

 これが 特上うな重に 特上ステーキに化けるなんて

 うき うき するだよ」

 与:「勝手に 浮かれないで下さい 何にも 約束はしませんから

 だいたい このお酒 少し味が 変わってますよ」

 与:「やっぱり 酒屋のオヤジが もう 味が変わっている と言ってただよ

 何に使うだ と聞かれたので 年寄に飲ませるだ と言ったら

 オヤジが 年寄ならヒョッとしたら ばれねーかも知れねえ と言うもんで

 ご隠居は ヒョトしねーだか」

 隠:「冗談ではありませんよ 私はこう見えても 酒にはうるさいのですよ」

 ご隠居も よっぱらうと 大声を出すんですかい

 入れ歯を飛ばさないでくだせーよ

 おばあさんにも ちょっと 味見をして貰うべ

 そしたら おばあさんは 酒に弱いから すぐによっぱらって 

 大声をだして 入れ歯を飛ばすな

 そしたら ご隠居も 負けずに 入れ歯をとばすな

 こりゃー 入れ歯合戦だ み物だぞー」

 隠:「なにを 馬鹿馬鹿しいこと言っているのです 折角頂いたのですから

 料理酒として 使わせて頂きます」

 与:「今日の本題は 昨日 聞き損じた 神様のことですだ

 神棚にお供えする 米と塩と酒についての

 ご隠居の見解は一応 お伺いいたしやした

 次に ご隠居は 神棚に向かって

 手をうっていやしたが あれはどのようなことですだ

 蚊でも飛んでいたのですかい」

 隠:「違いますよ あれは かしわで と言いまして

 私もよくは存じませんが 

 神様に対する ご挨拶のようなことのようですよ

 どうして そのような挨拶となったのかは 知りませんが

 日本では 昔々 邪馬台国卑弥呼のころ

 身分の高い人との挨拶には 手を打ったと言うことですよ

 それが 神様に対して かしわで を打つ習慣として 今に残ったようです

 一説によれば 手を打つ時には なにも持つことは出来ませんので

 武器などはもっていません 貴方に敵意は持っていません と言う意味で

 手を開いて うってみせた とも言われているようですが

 本当のところは どうだったのですかね 私にはよく分かりませんが」

 与:「オラは パン パンとやると

 居眠りしていた 神様がはっと気がついて

 拝む人の願いを聞く態勢をつくるのだべ と思ってやしたよ

 神社では 鈴を鳴らすでしょ あれも居眠り神様を叩き起こすだよ

 そしたら 神様がはっとして お賽銭の額をみ届けて

 願いごとの 塩梅をするだよ

 料亭でも パン パン と手を叩くと

 おカミが 飛んで来やすでしょ

 用事があって 神様を呼ぶ時に パン パン と手を打つだよ」

 隠:「まったく 与太郎さんにはかないませんね

 まあ 今日のところは そんなところで 手を打つことにしましょう」

 与:「ご隠居 さりげなく来やしたね “手を打つことにしましょう”なんて

 今日も やる気ですけー」

 隠:「いえいえ そのように気を回さないで下さい

 今日は 与太郎さんと 駄洒落合戦をやるつもりは毛頭ありません

 昨日は2回戦もやったので もう 夢でまで うなされましたよ」

 与:「ところで ご隠居は 神様に何をおねげーしてますので

 決して 他言は致しやせん ご隠居のようには」

 隠:「ご隠居のようにはないでしょ 私だって 誰彼なしに話したりしませんよ

 夕飯の時 おばあさんにちょつと 話すぐらいなものですよ」

 与:「ご隠居 そこがモンデーでして 

 おばあさん 世間で何と呼ばれているか 知ってますか

 杖をついた みんぽー てんですよ」

 隠:「なんですって 言っていいことと 悪いことがありますよ」

 与:「冗談ですよ ご隠居ご夫婦は 町内会では

 2番目に口がかてーとされていますだ」

 隠:「ところで 一番は」

 与:「決まってるでねーの オラでたべ」

 隠:「それは無いでしょー 与太郎さんは 口が軽い方の一番です 

 誰でもそう言います」

 与:「どっちにせよ 一番になるのは てーしたものでしょ

 オリンピックでは 金メダルだよ

 ところで ご隠居 神様に何をおねげーしてただよ」

 隠:「そう 特別なことではありませんよ

 まずは 家内安全 ですね」

 与:「家内安全 と言っても ご隠居とおばあさんの二人きりでねーだか」

 隠:「いや もっと広くね 兄弟 子供 孫まで含めましてね

 怪我や病気をしないように お願いしてますよ」

 与:「その他は おねげーしねーだか」 

 隠:「そうですね ちょっと大げさですが

 世界平和 などもお願いしますよ」

 与:「そーでげすか 家内安全 世界平和ねー

 オラ だったら やっぱり 第一は 今年こそ

 ジャンボ宝くじが当るように おねげーしますだ

 だめかね ご隠居

 隠:「いやいや 構いませんよ どうぞ好きなだけ お願いすれば」 

 与:「ご隠居 ちょっと なげやりではねーだか」

 隠:「とんでもないですよ

 与太郎さんの 好きなことを好きなだけお願いすれば と言うことですよ」

 与:「どーせ オラのねげーは 聞いてもらえない と思っているのだべー

 オラの家には 神棚がねーから」

 隠:「それでは 近くの神社へ行って お願いしたらどうです」

 与:「神社へ行くと お賽銭をとられるだよ」

 隠:「お賽銭は とられるのではありませんよ 

 お参りする人が差し上げるものですよ」

 与:「誰に 差し上げるのでごぜーやす」

 隠:「それは まー 神様にお願いするのですから

 神様に差し上げる と言うことでしょうね」

 与:「そうすると なんですかい 昨日の話では

 神様に酒をお供えしやして 気分よくしておいて

 願い事をかなえて貰おう という魂胆でごぜーやしたが

 お賽銭も それと同様のことですかい」

 隠:「そのように 聞かれると まー ちょっと 答に困るところもありますが

 まー お賽銭もそのような性格がないとは 言えないようですが どーでしょう」

 与:「ご隠居 なんか歯切れが良くねーだな

 神様とそのあたりのなにか談合関係でもあるだか」

 隠:「別に そのような関係はございませんよ

 ただ お願いする側としては 私たちもせいぜい誠意を尽くしますので

 何卒 願いをかなえて下さい と言うことなのでしょうね」

 与:「としやすと ご隠居は自分の家の神棚の神様を拝む時に

 賽銭をあげるだか 米 塩 酒 はお供えするとのことだか

 その返はどうなってますだ」

 隠:「そう言われれば そうですね 自分の家の神棚に お賽銭をあげませんな

 与太郎さん いいところついてきますなー」

 与:「ご隠居 米 塩 酒だけよりは お賽銭もあげた方が

 神様 気分をよくされるのではないのけー 願い事もかなうというものだべ

 今からでも 遅くねーだよ

 オラ 手頃な箱持って来るから それに賽銭を ヒラヒラー と」

 隠:「なんです そのヒラヒラーと言うのは」

 「決まってますべ お札の方だよ

 チャリンよりはヒラヒラの方が ご利益があるだよ

 そしたら オラが毎日きちんと神様に会計報告をするだから

 そして その労賃として 上がりを有難く頂戴することにすべえ」

 「また 与太郎さんらしい 発想ですね その手には のりませんよ

 だいたい 神様の御札(ふだ)を頂いて来る時に それなりの御礼をして来るのですから

 家では いちいち お賽銭をあげなくともいいのですよ」

 与:「ご隠居 考えましたね お賽銭の前納ですか

 としやすと いずれにせよ なにがしかを神様に差し出すということだなー

 とするとだ 神様とドラマによく出て来る悪徳政治家と 同じだなー

 ドラマに出て来る政治家は お金を持っていかねーと 何もしてくれねーだよ」

 隠:「違いますよ 神様は裏でお賽銭を巻き上げているわけではありませんよ」

 与:「ご隠居も 大胆だな“巻き上げている”なんて

 そう言われれば 神社では真ん前に賽銭箱をおいて 真っ昼間から堂々ととっているだな

 そこが 神様の貫禄と言うとこだなー

 料亭で こそこそ談合なぞ してねーってもんだ」

 隠:「与太郎さん 神様とドラマの政治家と同レベルにしては いけませんよ」

 与:「しかし ご隠居 神様にお願いして 本当に願い事がかなうだか」 

 隠:「それは まー かなうこともあり

 かなわないこともあり と言うことではないでしょうか」

 与:「かなった場合は いいだよ 神様も責任を果たしたというものだべ

 しかしだよ かなわなかった場合

 神様は お酒や賽銭を貰っておいて

 こちらは ほうかぶり と言うことでやすかい」

隠:「与太郎さんも なかなか厳しい点をついてきますなー

 そのあたりのことは かなり難解な性格のものでしょうから

 私も 確かなことは 分かりませんが

 きっと お願いをした ご本人が どのように感じたか

 どのように思ったかに かかわることではないでしょうか

 宗教のことですから 人間同士の契約のようには

 行かないところがあるのではないでしょうか」

 与:「なんか こむつかしく なってきやしたね

 もう少し やさしいところで やってくだせーよ ご隠居

 たとえばだよ オラが ジャンボ宝くじが当りますようにと

 100円 奮発してお賽銭を出して おねげーしたとして

 これが 当らなかった場合には どのようになるのだべ」

 隠:「だから 与太郎さんは

 たとえば 神様は オラの願いを無視したなー

 神様はもう信用出来ない と思うか

 まてよ 神様の方にも色々と事情があって 今回はだめだったが

 また 次の機会にお願いしてみよう と思うとかですよ」

 与:「それじゃ “神様はもう信用出来ない”と思った場合は どうなりますんで」 

 隠:「多分 与太郎さんは もう 神様を信用しない と言うことでしょうから

 与太郎さんと神様の関係はなくなり

 与太郎さんは もう 神様にお願いしたりしなくなる と思いますが」

 与:「なるほど では

 “神様の方にも色々と事情があって 今回はだめだった

 また 次の機会にお願いしてみよう” と思った場合にはどうなりやす」

 隠:「その場合 与太郎さんがまだ神様を信じてみようかな と言う心が残っていれば

 今回は 与太郎さんの他にも ジャンボ宝くじが当りますように

 とお願いした人が沢山いて

 その中には 1000円 2000円と与太郎さんよりも多く

 お賽銭を出していた人がいたので 100円の与太郎さんまで

 当りの番が回って来なかったのかなー と思ったりして

 また次回に なけなしの100円をお賽銭として 3億円当選しますようにと

 虫のいい お願いをすることになるのではないでしょうか」

 与:「ご隠居 “なけなし”とか“虫のいい”とか

 厳しいでがすな 当っているだけに」

 隠:「いやいや これは 生来 ウソが言えないタチなもので

 ついつい 本音が出てしまいました」

 与:「駄目押しですけー ご隠居 まいったなー これは

 要するに 神様を信じるか 信じないか と言うことは

 その人の心の問題と言うことだな」

 隠:「与太郎さん 要点をまとめるのが 旨くなってきましたね」

 与:「これというのも みんな ご隠居のおかげですだ」

 〈パチ〉〈パチ〉

 隠:「これこれ 拍手打っても 私は神様ではないから 3億円は当りませんよ」

 与:「いえいえ 昨日は 天婦羅蕎が当りまして

 ご隠居は 天婦羅蕎大明神だよ

 神社でおねげーしても 天婦羅蕎を出してくれた神社は一つもねーだよ

 そこへいくと ご隠居のところは賽銭無しで 車エビ天 3本だものな

 ありがてー ありがてー 〈パチ〉〈パチ〉

 ところでご隠居 今更で恐縮だか 

 神様って ほんとに いるだか

 いるとすれば 人間と神様は どちらが先だべ」

 隠:「また 与太郎さんの どちらが先だべ ですか

 この間は ニワトリとタマゴ でしたよね

 結局 親子丼をご馳走するはめになりましたが

 人間か神様か どちらが 先なのでしょうね

 ひょっとしたら 与太郎さん 何か 仕込んで来ているのではないでしょうね

 結局 ニョロニョロ談義で

 うな丼か何かに 化けるんでは ないでしょうね」

 与:「ご隠居も 用心深くなりやしたね すっかり やりににくなりやしたよ

 今日は 神様のことですから 真面目にやりますだよ いつも通り」

 隠:「その いつも通り と言うのが くせ者なのですよ クワバラ クワバラ」

 与:「クワバラ クワバラ って ご隠居 オラ 雷様ではないだよ

 そうだ 雷様と言えば 雷神様と言うのがいやしたよね ご隠居

 隠:「雷神様 と来ましたか

 雷神様を うな丼に化けさせるのは ちょっとほねが折れますよ 与太郎さん」

 与:「ご隠居 どうしても ニョロニョロ談義に 持ち込むつもりですけー

 それなら それで オラにも 作戦があると言うもんだべ 

 一回の表といくだかー」

 隠:「いえいえ 冗談ではないですよ こんなことで

 うな丼食べられてはかないませんよ

 丁度 雨が降ってきましたので 試合は延期ということにしましょう」

 与:「ご隠居 神様と人間は どちらが先なのですかねー」

 隠:「ひとくちに 神様といっても いろいろですから 簡単には いきませんなー

 日本だけでも “八百万の神”と言われますから

 どの神様から手をつけてよいものか」

 与:「えー 日本には800万もの神様がおるのでげすかー」

 隠:「この“八百万の神”と言うのは 数値の800万と言うのではなくて

 要するに 沢山のと言うほどの意味だと 思いますよ」

 与:「あー ビックリした 800万もの神様に 毎日毎日

 米と塩と酒をお供えするとしたら それはそれは 大変な量になるだよ

 驚かさねーでくだせーよ オラのところに回って来る分が無くなるだよ ご隠居

 隠:「日本だけではなく 世界中には 色々な神様が考えられていますからねー

 手の着けようが無いと言えば 手の着けようがありませんよ」

 与:「それでは 困るだよ 何とか とっかかりを探すベー

 じゃー とりあえず ご隠居から教わった

 米生産コントロールの神様はどーでげす ご隠居

 隠:「そうですね それも 一つの方法だと思いますが

 そのなんと言いますか 

 神様の存在をどのように 認識するのかと言う問題があるのではないでしょうか

 これを一応はっはりさせなくては 手の着けようがないように思われますが」 

 与:「ご隠居 また そのような 訳の分からない事を

 もう少し オラのレベルで分かるように おねげーしやすだ」 

 隠:「それが 中々難しくて 私にも よくは分からないところなのですよ

 では 一つの方法として こうしましょう

 神様と人間を 特に関係がないものと見ることにしましょう」

 与:「もう少し 分かり易く と言っているだべ」

 隠:「簡単に言えば 神様と人間は なんの関係もないと言うことですよ

 たとえば 与太郎さんは神様を知らないわけです

 だから 神様に何かをお願いすると言うこともない と言うことです」

 与:「そうか 神様はいねえ と言うことだな 

 ここまでは 何だか分からねーが 分かった

 要するに 人間界に 神様は関係ないと言うことだな」

 隠:「与太郎さんは 見かけによらず 飲み込みが早いですね」

 与:「ご隠居 ためしに オラに うな丼を食べさせてみなせー すごい早いだよ」

 隠:「その飲み込みではありませんよ どうして うな丼が飛び出すのですかね

 そうだ 与太郎さん 人間界に うな丼がないことにしましょう」

 与:「よーがすよ うな重や蒲焼きがあるから

 今日のところは うな丼がないことに手を打っても いいだよ ご隠居

 隠:「与太郎さんは 食べ物のことになると 実に ぬかりありませんなー」

 与:「神様がいないとなりゃー 仕方ないな ないものはないのだから

 ないのだよ だから話のタネにもならねーだ これでおしまい

 ところで ご隠居 神様がいる場合は どうなりますだー」

 隠:「忘れてませんでしたねー 与太郎さん 

 そうですね たとえば 神様だけが存在する神様界がある としましょう」

 与:「その神様界というのは どこにあるのです ご隠居

 隠:「神様界は 神様界にあるのですよ 何か問題がありますか 与太郎さん」

 与:「神様界 神様界ね ああそうかい」

 隠:「与太郎さん 茶化さない下さいよ 神様ばかりの世界があるとするのですよ

 そして 人間がいる人間界があるとするのですよ

 この場合 神様界と人間界が関係を持つ場合と

 関係を持たない場合を 考えるわけですよ

 関係を持たない場合は 神様と人間はお互いに

 影響しあわないことになるわけです

 ようするに 神様は神様で勝手にやっているし

 人間は人間で勝手にやっている と言うことで

 お互いに関係しない と言うことですね」

 与:「と言うことは ご隠居 お互いに いないと同じような状態だな

 関係しないのだから いないのと大体同じだな」

 隠:「まあ そんなところでしょうかねー」

 与:「それでは ご隠居 神様と人間が お互いに関係を持つ場合は どうだべ」

 隠:「与太郎さん いよいよ 核心のところに切り込んできましたね

 ここは 難しいところですよ

 たとえば たとえば ですよ 神様界があるとした場合 ですよ

 たとえば たとえば ですよ 神様の方から人間に関わって来る場合と

 人間の方から神様に関係を持つ行為をする場合を想定してみますよ」

 与:「ご隠居 分かり易く 言ってくだせー とさっからいっているでねーか

 たのむよ」

 隠:「たとえば たとえば ですよ 神様の方から人間に関わって来る場合は

 どのようにして 関わって来るのか と言うと

 これがどうもはっきりしないのですよ

 たとえば たとえば ですよ 与太郎さんがお願いをしていないのに 

 神様がうな丼を 与太郎さんに持ってきてくれることがあるのか

 と言うようなことですよ」

 与:「神様が気を利かして オラに うな丼をか

 そんな神様 何処にいるだ お近づきになりてー」

 隠:「神様の方から そのようなことを しますか と言うことですよ」

 与:「オラ まだ そんな良い事に出会ってねーだよ

 神様が岡持もって へい おまちー なんて 見たことねーだよ」

 隠:「と言うことは 神様の方から一方的に

 人間に働きかけては こないのではないのでしょうか」

 与:「とすると なんですけー ご隠居

 人間の方から神様に 働きかけるつーことになるのでげすか」

 隠:「よくは分かりませんが そう言う ことではないかと思われるのですが

 どうでしょうね 与太郎さん」 

 与:「どうでしょうね と言われたって ご隠居 神様を見た事はねーですから

 何と言っていいのか 分からないだよ」

 隠:「たとえば たとえば ですよ 与太郎さんが ここに来る時に

 途中で 1000円札を拾ったとしますと」 

 与:「1000札など落ちていなかっただよ 10円玉一つさえ 落ちてなかったただよ

 ご隠居が 先に拾っただかー」

 隠:「たとえば 拾ったら と言うことですよ」

 与:「たとえば ですけー たとえば だと 本当のことではねーだな

 本当は 1000円落とした人はいねーだな だーれも損した訳ではねーだよな

 それが どうして 1000円なのけー

 せめて 10000円にはならねーだか ご隠居も 結構 ケチだな」

 隠:「ケチで相済みませんね なら 538538538538538円としましょう」

 与:「えーっ 538538538538538円 それは一体なんぼやマンネン」

 隠:「ほらほら 大阪弁になっちゃうでしょ

 だから 分かりよく 1000円でどうです」

 与:「へえ そこを 何とか 3000円にしてもらえねーだか」

 隠:「何です 3000円と言うのは」

 与:「へえ 1000円では うな丼にちょっと ご隠居

 隠:「はいはい うな丼のお勘定ね でも 1000円にしておきなさい

 贅沢をしてはいけませんよ スーパーで 半分の売っているでしょ

 なんで ウナギの話になっちゃうのですか まったく 神様のことでしょ 

 さあ 与太郎さん 1000円拾ったら どうします」

 与:「どうしますって ここは悩みますだー

 以前に駅の構内で 500円拾っただよ そしたら駅員が見てただよ

 仕方がないので 駅員にここに落ちてた と届けたら

 事務室に連れて行かれて 取調べを受けただ

 住所 氏名など調べられて 書類を提出させられただ

 そしたら その後 何か月とか経って すっかり忘れていたところに

 落し主が出なかったので 貴方にあげるから

 取りに来るように と葉書が来ただ」

 隠:「それは 良い事をして ようござんしたね」

 与:「いいものですか 新宿区のどことかまで とりに来いと言うだよ

 そこまで行くのに 電車賃いくらかかると思うだよ 1000円以上もかかるだよ

 500円では やってらんねーだよ」

 隠:「それは 残念でしたねー」

 与:「この点からも 1000円ではどうにもならないだよ

 せめて 3000円に ならねーか ご隠居

 隠:「そのような事情でしたら 3000円で手を打ちましょう

 あまり高額だと 落し主が何人も出てきてしまいますからね」

 与:「それでは改めて 与太郎さん 3000円拾ったら どうします

 神様との関係でお答え下さい」

 与:「神様との関係でですけー と言う事は

 ひっよとして ご隠居

 オラが毎日 ご隠居ボランティアをしているので

 ご褒美に 神様が3000円 拾わせてくだすった 

 とオラが思ったと言う 答を期待しているのではなかんべーだか」

 隠:「察しがいいですね 一部当っていない部分も見られますが

 与太郎さんが 神様のおかげと思ったとしたならば

 与太郎さんと神様の関係が発生した と言うことですね」

 与:「そうか 誰かが落としたのを たまたま オラが拾った と思った場合は

 神様には関係しない と言うわけだ

 神様のおかげと思ったのは オラが勝手にそのように思っただけで

 神様がやってきて オラに拾わせてくれたか どうかは分らないだな」

 隠:「まあ そのようなことだと思いますよ

 神様がやってきて 拾わせてくれた と思った時に

 与太郎さんの心の中に 神様がいた と言うことでしょうね」

 与:「オラの心の中に 神様がいるだか ご隠居

 隠:「神様が3000円拾わせてくれたと言うのですから

 拾わせてくれた神様がいる と言うことになりますね

 しかし その神様は 誰にも 見えないわけで

 与太郎さんが思ったのだから

 与太郎さんの心の中だけにいたことになるわけですね」

 与:「要するに 神様がいる と感じたら その感じた人の心の中に

 神様がいた と言うことだな

 なるほど 何だか分からねーが 分かっただよ

 ところで 米生産コントロールの神様の方は どうなるだよ」

 隠:「こちらの神様ね このように考えては どうでしょう

 日本ではね みんな お米の御飯が大好きで

 毎年 お米がいっぱい実ればいいなー と思っていたのですよ

 ところが 時に 雨がふらず お米が 実らない年があったり

 反対に 雨ばっかりふって お米が 実らない年があったり

 また せっかく実ったというのに 台風が来て 強風で稲が倒され

 そこに 大水が来て お米が収穫出来なかったり

 自然現象のせいで お米がとれなかったりするわけですよ

 また ちょうど良い天候で 沢山お米がとれる豊作の年もあるのですよ

 昔 昔の人達は どうして 天候が良かったり 悪かったりするのかが

 よく分からなかったのですね

 そのような時に 自然を動かす

 すごい力を持つ何かがあると感じた人たちが

 多分沢山いたのでは無いのでしょうか

 そして このすごい力を持つものを

 神様と思うようになったのではないかと 思うのですよ

 すなわち 人々の心に 自然の力をコントロールする神が感じられ

 ここに 米生産コントロールの神が 存在することになった ようですよ」

 与:「という事は 人々は 自然に神を感じた結果

 自然に関する多くの神々が存在することになった

 とまー こう言うことだか ご隠居

 隠:「与太郎さん しつかりとまとめますなー 驚きましたよ」 

 与:「ご隠居 驚く事は ねーだよ 一般常識と言うものだべ」

 隠:「はいはい お見それ入りました」

 与:「とすればだよ 自然はでっけーよなー

 その自然の中に 人間が 神を感じれば そこに神様がいらっしゃる

 といことだなー そしたら 神様はなんぼでもいるなー

 反対に 感じねー人ばっかりだと 神様は全然いないことになるなー」

 隠:「まあ そうそうことになりますなー」

 与:「ご隠居には 毎日毎日 いろいろなことを教わって 本当に有難いだよ

 これも オラが ご隠居ボランティアをすればこそ と言うものだべ

 本当に ご隠居はありがてー 

 まー オラにとっては かけがえのねー 神様だな」

 〈パン〉〈パン〉

 隠:「これこれ 与太郎さん 私は 神様ではないですよ

 かしわで なぞ打たないでくださいよ」

 与:「いやいや 今日も どうかオラの願いを聞き届けてくだせー 」

〈パン〉〈パン〉

 与:「“うな丼大明神様”」

 

どうもお疲れ様で御座いました。

お後が宜しいようで