《停念堂閑記》42

「停念堂寄席」33

 

与太郎君とご隠居さん》3

 

ようこそお出で下さいました。厚く御礼申し上げます。

しばし、ヒマ潰しにお付合い下さいませ。

 

《留守番の達人》

 

与:「ご隠居 留守かい」

隠:「与太郎さんかい 相変わらずですね そうそう留守はしませんよ」

与:「なーんだ いるだか 今日は 出掛ける予定はねーだか」

隠:「今日は ありませんよ ずーと 家にいます」

与:「何だ いるのか オラ 留守番を楽しみに来たのに 弱ったな」

隠:「弱ることはないでしょ 自分の家の留守番でもしていたら どうです」

与:「オラの家の留守番 ご隠居 それは何の意味もねーだよ 一切ねー

 盗られるものは なんにもねーから

 だーれも 来ねーし

 なんにもすることがねー 退屈で 退屈で 頭がボケてしまうだー

 ご隠居の家の留守番だけが オラの唯一の楽しみだーよ」

 隠:「しかし 私の家の留守番をしていたって 特に することもないでしょーし

 退屈するのは 同じではないのですか」

 与:「何をおっしゃる ご隠居さん

 ご隠居の家の留守番ほど おもしれーものはねーだよ

 まず ご隠居の鍵の隠し場所探し

 ご隠居もあれこれ 場所を替えて 隠すだべ

 この探索が 面白いだよ

 ご隠居も老齢化した脳を絞って 隠すようだが」

 隠:「老齢化した脳で わるーござんしたね」

 与:「いやいや そんなご謙遜を 気を回さねーでいいだよ

 割合簡単にみつかるだー 

 こう言っちゃなんだが 隠し場所探しにかけては オラの方が 何枚も上手だよ

 オラー まず ご隠居の心理を読むだよ そしたら 簡単に見つかる」

 隠:「なに 私の心理を読みなさる

 それは ちょっと 聞きたいものですねー」

 与:「聞きたい ご隠居に そー言われると 弱っちゃうなー」

 隠:「はいはい その先は結構ですよ 

 頼まれたら 断れない タチなのでしょ 毎回聞かされておりますので

 ちゃんと 心得ておりますよ」

 与:「ご隠居も だんだん 油断ならなくなったきただなー

 まー いーだべ オラだって いろいろ隠し球持ってるだから

 それはそうと ちっと 長くなるだよ

 玄関での立ち話つーのもなんだから

 どーだべ 上がって お茶でも飲みながらー と言うことでは」

 隠:「これはこれは 気が回りませんで 失礼しました

 どーぞ お上がり下さい」

 与:「ご隠居に そう言われると 上がらねー訳にも・・・」

 隠:「はいはい 断れない タチなのでしょー 分かってますよ

 いま お茶をお出ししまいからね 茶箪笥の奥の方のをね

 言われる 前に 言っておかないとね」

 与:「ご隠居 どーも 催促したようで 恐縮しやすね」

 隠:「いえいえ あまり気を回さないでください」

 

 与:「それでは 要点を言って聞かせるベー

 まず 一般的環境について見ることにするべー」

 隠:「一般的環境ときましたか 驚きましたねー」

 与:「ご隠居 何か」

 隠:「いやいや どーぞ お進めめくださいませ」

 与:「第1は ご隠居の年になると まず 高いところに隠すことはねー

 これは 説明の必要はねー 腰が曲がっているから 届かねーだよ

 ご隠居 何か 異論でもあるだか」

 隠:「いえいえ ごもっともなことで」

 与:「第2は あまりややこっしー所は選らばねー

 これも いわずと知れたこと この年だ 

 ややっこしー所は すぐに どこだったか忘れてしまうおそれがあるだ

 度忘れ てーやつだな」

 隠:「重ね重ね ごもっともなことで」

 与:「ご隠居 なにか問題でも」

 隠:「どーぞ どーぞ お進めください」

 与:「第3は お婆さんにも とれるところでねばならねー

 お婆さんが 先にけーって来た時に 家に入れねーと まずいからな

 まず これが 一般的 環境に関わる ベスト スリー と言うものだよ

 この3点を踏まえると かなり場所は限定されるだよ

 せめー 庭のこった」

 隠:「狭くて わるーござんしたね まったく 大きなお世話ですよ」

 与:「この次が 最も でーじなところだよ

 ご隠居との心理戦の核心のところだよ

 ご隠居は まず 与太郎のことだ 

 アホだから そう気を使うことはねー と思うな」

 隠:「いえいえ そのようなことは 思いませんよ   たまにしか」

 与:「ご隠居 なんか おっしゃいましたか」

 隠:「耳はいいのですね まったく」

 与:「しかし まてよ 時々 天才的ヒラメキを見せることがあるな 

 と言うところに 気がつくなー 」

 隠:「はあ 与太郎さん 何か誤解はありませんか」

 与:「ご隠居 ご質問・ご意見の場合は 手を上げてくだせー 

 そしたら オラが “はい ご隠居”と指名するだから 

 それまでは 私語を慎むように」

 隠:「驚きましたね 学校じゃ ありませんよ すっかり 先生気取りで」

 与:「ご隠居 一度注意したら 分かりそうなものだが 世話やかせねーでくんろ」

 隠:「はいはい 分かりましたよ」 

 与:「“はい”は 一度でいーだべ ご隠居 静かに 聞くよーに

 ここに ご隠居に迷いが出るだよ

 そしたら もー こっちのものだべ

 ここんところが 分かれ目と言うものよ

 アホなら アホで

 ヒラメキの天才なら ヒラメキの天才で

 とにかく どっちかに 徹して来られると これは手強いだよ

 ところが ご隠居は 優柔不断だべ 

 隠:「優柔不断 貴方に そのように言われる覚えはありませんよ まったく」

 与:「またまた 発言は 手を挙げて 指名されてから と言ったばかりでしょ

 しっかりしてくだせーよ

 とにかく ご隠居はどっちつかずの 中途半端な 

 その 政治家がよくやる いわゆる政治的判断と言うやつでくることが多いだよ

 万事心得顔で よーお

 ところで ご隠居 お茶が まだのようで

 この返が お茶の出しどころと言うものだべ

 この機を逃すと ますます 辛辣になるだよ

 やばくなってきたら お茶でも出して 

 甘いものを 食べさせると 場をなごませる効果があるだよ

 オラの場合は 天才だから そうとも限らないけんど

 突然で恐縮だが この突然と言うのが オラの天才と言われる由縁だな

 ご隠居は“天才バカボン”と言うの知ってるだか 赤塚不二夫

 隠:「はい」

 与:「ああ “はい”ね 質問ですか ご隠居さん どうぞ」

 隠:「二人しか いないのだから 頼みますー 本当に

 ここで “天才バカボン”となりますと 時間的に長引くのではないでしょうか

 “天才バカボン”は 後日と言うことで どうでしょうか」

 与:「それもそうだな じゃー 後日にするべ

 それにしても ご隠居が不利になっているので 

 話題を替えて ご隠居の有利な方に 持っていって やるべーと 気を使ったのに」

 隠:「“天才バカボン”だと 私が有利になるのですか」

 与:「どことはなしに バカボンのパパに 風貌が似てるだよ ご隠居が」

 隠:「ええっ 私が“バカボンパパ”にですか

 イメージが狂ってしまいますよ 本当に

 私は 鼻毛出して 捻り鉢巻きなどしたことはありませんよ

 腹巻き だって むき出しで着けたりしていませんよ ステテコいっちょーで

 中には 履いていますが いけねー 余計なことを言ってしまいました

 あっ いけませんね あぶなく 与太郎さんのペースに乗ってしまうところでした

 あぶない あぶない まったく 油断も隙もありませんね

 さーさー お茶を飲んで下さい」

 与:「ご隠居も なかなか 注意深くなったでねーか

 オラの方も しまっていかねばなんねーな

 さて 続きだ 

 ご隠居が 政治的判断で 鍵の隠し場所を思案しだせば

 もー こっちのもんだべ」

 隠:「はい」

 与:「また 質問ですか どーぞ ご隠居さん」

 隠:「その 政治的判断 と言うのは 大げさではありませんか 与太郎さん」

 与:「なんだ そんなことですけー そんなことは 

 オラの論の展開上 てーした問題では ねーだよ

 いちいち“はい”なんて 挙手を求めてするほどの発言ではねーだよ

 それにしても なんだな

 二人っきりで 一々 挙手をするのも めんどくせーな

 会話が 途切れがちで 調子が よくねーな

 ご隠居 この先 挙手はしねーでもらえねーか

 よし これからは オラの独演会とすべー

 ご隠居 ちゃちゃ入れてはなんねーだぞ 一気に片付けるからな

 ご隠居のことだから

 どーせ 与太郎だと たかをくくって こんなところでいいか と考えるな

 玄関前の新聞受け箱 牛乳ビン入れ箱 植木鉢の下などだな

 しかし 待てよ 野郎 あれで手なれているところがあるから 

 こんな一般的なところは やばいなと 気がつくな

 そしたら 植木の間の置き石の裏側 

 あのえぐれていて 見え難いところ ここはどうだ なんて

 そこで はっと気がつくな

 以前 オラに ご隠居 この置き石の裏側の窪みは何だって

 と聞かれたことがあったな なんて

 こんなとこ よく見る気になったもんだ 不思議な野郎だ なんて 思いながらな

 そこで 次に 水がはってある 石鉢の中の石の下はどうだ 

 ここはなかなか気がつくめー なんて 姑息なこと考えるな

 そしたら まてよ 野郎 この前 入れてある 金魚を追い回して 

 鉢をひっくり返したことがあったな とあの時のことを思い出すな

 そして そのうちに 決定的なオラの一言を思い出すだよ

 「オラは ご隠居の家のことなら 

 隅から隅まで どんなことでも 知ってるだよ」と 言ってあったことをよ 

 これを 思い起こした時に 勝負はつくだよ

 この一言が でーじなわけよ やっぱり常々手を打っておくことが 必要なわけだよ

 これを思い出して ご隠居は愕然とするな 思考がピッタリ停止するだよ

 そんなことしているうちに ご隠居 こんなことしていたら

 時間に 遅れてしまうな と気がつくな

 そして 慌てて この前隠した植木鉢の隣の鉢の下に隠して

 大急ぎで 出掛けることになる

 まあ このあたりが ご隠居の限界というとこだべ

 おおむね 概略は これくれーのことだよ

 ご隠居 大分 ストレスが溜まったころだべ

 この辺りで 挙手禁止を 解除するべー

 発言を許可する 何か 言いたいこと あるだか

 あれば 包み隠さず 申せ」

 隠:「はい」

 与:「それでは “ご隠居君”どーぞ」

 「まったく ここは 金さんのお白州ですか 国会委員会ですか

 ふざけるのも いい加減にしてもらいたい と言うものですよ」

 「ご隠居君 静粛に 年甲斐も無く 興奮しねーように」

 隠:「まったく 冗談では ありませんよ ほどほどにして下さい」

 与:「静粛に そーでねーと 退場を申しつけるだよ 

 まずは 事実関係について 大筋を認めるか どーだね」

 隠:「はあ ここは 裁判所ですか

 何で 私が被告扱いされなければならないのです」 

 「ご隠居の興奮がひどいよーでげす

 係員の方 ご隠居をここから退場させてくんろー

 ご隠居 心配しねーで いいだよ

 あとは オラが留守番しているだから

 

お粗末様で御座いました

お後が お宜しいようで