《停念堂閑記》26
「停念堂寄席」26
「動物雑話」 (2017-03-25)
本日も、ようこそお出で下さいました。
厚く御礼申し上げます。
今日も、どうぞヒマ潰しにお付合い下さいませ。
話の内容は、毎度のアホくさい、バカバカしい、クダラない、の3拍子を兼ね備えた、そのとおりの、アホくさい、バカバカしい、クダラない、行き当たりバッタリの話で御座います。
とにかく、ヒマ潰しが、そもそもの主たる目的で御座いますから、この路線から外れないように、バカバカしく、参らなければなりません。
ヒマ潰しには、スリ鉢とスリコギ棒が、無くてはならない、必需品であります。
まず、スリ鉢に、ヒマの素を適量入れまして、スリコギ棒で、トントン、ゴリゴリと、潰していく分けであります。
それでは、今日すり潰すヒマの材料は、「動物雑話」で御座います。
実は、前回の続きで御座います。
前回は、動物園を舞台に、バカバカしい話をやっておりまして、カバがひっくり返って、バカだなー、と言う辺りで終りにしたので、その続きで御座います。
しかし、駄洒落で持たそうとすると、中々大変ですので、行き当たりバッタリの特性を生かしまして、単なる雑話に切り替えます。
と言うことで、適量の「動物雑話の素」を、スリ鉢に入れまして、スリコギ棒で、トントン、ゴリゴリと参ります。どんな味になるかは、まったく の行き当たりバッタリで御座いますので、途中、迷路に入り込み、行き倒れで、バッタリ倒れてしまうやも知れませが。その時は、その時で御座います。
それでは、参りましょうか。
月の砂漠に、とても似合う動物のようですなー。
これが、モグラだったら、歌にはなりませんよ。
砂に潜ってるから、外からは、月明かりがあっても、見えませんよ。
なんて、行き当たりバッタリをやっていますが、砂漠にモグラはいますかね。
エリマキトカゲというのが、砂漠を駈けていたコマーシャルが、一時、人気を呼んでいましたが、モグラはまだ見ませんね。エリマキモグラ。地中では、襟巻きはじゃまでしょうなー。きっと。
モグラも、ここ一番の脱走の時には、立ち上がって、2本足で、猛ダッシュするのですかね。まさかね。
日中の砂漠の砂は、猛烈に熱くなるから、浅い所では焼きモグラになっちゃうでしょうな。どうも、話がくだらないね。
ラクダに、話を戻します。
かなり以前に、シルクロードの旅に行った事があるのですよ。
ゴビ砂漠をね。マイクロバスで走りましたね。
コビ砂漠は、大体は、石ころゴロゴロのところが多く、日本人がイメージする砂ばっかりの砂丘は、あまりありませんでしたよ。
もー、地名は忘れてしまいましたが、目的地までバスで行きまして、バスターミナルといっても、ただ、砂の空き地でしたが、そこから、少し行った所に、池がありまして、ここが観光の名所になってましたね。砂丘もありましたね。
なにせ、砂漠のど真ん中のような所に、水が溜まった池があるので、観光にはもってこいの所の様でした。
バスターミナルからは、砂漠の中を徒歩で行くのですが、ラクダの背に乗せて運ぶ商売をしている方が、けっこうおりまして、たまたか、しょっちゅうか知りませんが、仲間同士で、大声を上げて、ケンカをしていましたな。どうも、客の取り合いをしていたらしいのですわ。
ところが、そこにいたラクダが、こちらもケンカしており、歯をむき出したり、首と首をぶつけ合ったり、結講、激しくやりあっていましたな。
ラクダは、大人しいのかと思っていたのですが、なかなか、どうして、気の荒い動物ですな。
私も、話のタネに、ラクダに乗ってみましたよ。
日本では、馬の手綱を引く人を馬子さんといいますな。
ゴロが良くないので、ここでは、駝子 ダゴさんにします。
私が乗ろうとした時は、駝子 ダゴさんのケンカは治まっていましたね。
ラクダのケンカも治まってましたよ。
しかし、ラクダの乗り心地は、言ってしまえば、すこぶる悪いですな。
ラクダの歩き方は、右前足と右後足をペアーで、左前足と左後足をペアーで、一緒に動かす「側対歩」と言う歩き方なのですな。
緊張した時に、右手と右足が同時に前へ出る、あの歩き方ですな。
要するに、やけに、左右に揺すぶられるのですよ。たまらず、途中で降ろして貰いましたよ。
ザクザクの砂漠は、歩きやすくは無いのですが、歩いた方が、よっぽど、マシと言うものでしたな。
ここで一句。
次は、馬のコーナーですな。
馬の話は、もう少し、ウマくやらないとね。
私の家で、ラクダを飼ったことはありませんでしたが、農耕馬を飼ってましたね。
ご近所でも、ラクダを飼っている方は、いませんでしたが、農家では、どこの家でも、馬を飼っていましたな。
力仕事は、馬を使わないとね。言うならば、今の耕耘機やブルトーザーのような存在でしたね。
耕耘機やブルトーザーは、石油で動かしますが、馬は、草と水と若干の塩を与えれば、動きましたな。僅かの塩を除いては、各農家の自前で賄えましたな。効率の良い労働力でしたね。
耕耘機やブルトーザーは、草と水をやっても、働きまへんで。塩をやったら、錆び付いてしまいまっせ。
家の者が皆んな何処かへ出掛ける時は、馬の餌箱に多めに草を入れて出掛けるのですが、早々に食べてしまうのでしょうな。
また、ノドが乾いて、水を飲みたくなるのでしょうな。
誰かが帰って来るのを、馬は、首を長くして待ちわびてますね。
家は、幾分広い道路から100メートル程、引っ込んでいましたので、広い道路から家につながる狭い道を曲がると、馬は、あっ、帰って来た、とわかるのですよ。
窓から頭を出して、ヒヒーンと呼びかけますから。
馬小屋の戸を開けると、もー、喜んで、大きい図体で、飛び跳ねますからね。
腹ぺこだー、ノドからからだー。早く餌をくれー。水飲ませろー、ってね。
馬は、イッパイ飲みますよ。
小学生高学年になると、馬に水を飲ませるのは、子供の仕事でしたからね。
小さなバケツでは、何回も井戸と馬小屋を往復しなくてはならないので、馬用バケツは、一斗缶でしたね。一升瓶、10本分。運ぶ途中で、けっこうこ溢(こぼ)れてしまうけれどね。
これを馬小屋まで、運ぶのが重くって、途中で一休みしたり、なかなか大変でしたよ。
うんと、ノドが乾いている時には、バケツに2杯は飲みましたね。
1杯目を飲み干し、それで足りないと、空になった、1斗缶バケツをくわえて、放り投げてきたりしましたな。もう1杯もって来い、ってね。塩を少し混ぜてやったりしてね。
ギュッ ギュッ と音をたてて飲むのですよ。
馬飲牛食とは、良く言ったものですなー。
糞が柔らかかったりすると、胃腸の調子がおかしいのではないか、と言う時には、冗談ではなく、ビールを飲ませましたね。
キリンとちがって、メーカーは、特に決まっていませんでしたが。
ウマかった、らしいですよ。エダマメと一緒にね。まさか。
あのですね。自慢になりませんが、私は、子供の頃、馬に頭を齧(かじ)られた事があるのですよ。
と言うのはですね、親戚の家で、趣味で競馬馬 サラブレッドを飼っていたことがあるのですよ。
小学生3・4年生の頃でしたかね。夏休みに、親戚の家に遊びに行ってましてね。四つほど年上の男の子がいまして、遊んで貰っていたのですが、馬の飼料とする草を刈りに出掛けまして、親戚の男の子が、背にイッパイの草を背負って、そのすぐ後を私がついて戻って来たのですよ。
そして、馬小屋の中を歩いていた時に、サラブレッドが、男の子の背負っている草を食べようとしたのですな。
そしたら、なんと、空振りして、草の下にいた私の頭にパクッときたのですよ。ビックリしたのなんのって、驚きましたよ。
馬も、ビックリしたでしょうな。草と思っていたのに、いきなり、石を噛んだみたいで。
馬は、人に噛み付いたりしませんからね。蹴っ飛ばすことはありますが。
思いっきり、パックリやられまして、血が出ましたね。ちょうど、額の上部、頭髪の生え際から3・4センチ上の部分に、サラブレッドの歯形が付きましたよ。
今はもう分かりませんが、暫くは歯形禿になってましたよ。
これで、すっかり私は、半馬鹿になってしまったのですよ。
この後、成績ががた落ちになりましたよ。それ迄は、田舎の神童と言われておりませんでしたので、誰にも、気がつかれませんでしたが。
危うかったですよ。
隣に、鹿を飼っていて、これにも、パクットとやられでもしたら、もー、完璧に馬鹿になってましたね。
馬だけだったから、半馬鹿で済みましたが。
馬に頭噛まれたヤツなんざー、ちょっとおりませんよ。
自慢には、ならねーか。
北海盆唄と言うのがあって、盆踊りをこの歌でやりましたが、その歌詞の替え歌で、
踊り見に来て 踊らぬ コラ ヤーツはよー
馬になー 馬に蹴られてェ こーりゃ
それっさーなー 死んでしーまえよ
と言うのがありましたが、
馬になー 馬に食われてェ こーりゃ
と言うのは、さすがに、ありませんでしたよ。
馬の部分をブタでもやりましたよ。
ブタのあの短い足で蹴られるのも、相当難しいですが、馬に頭食われたのは、ヤッパ 珍しい例でしょうね。きっと。
ここで一句。
泣きっ面 馬に食われて 半馬鹿よ
馬の次は、鹿とは、行きませんよ。
さて、何にしますかねーと。
手近なところで、ウサギにすることにします。
ウサギの鳴き声聞いた事御座いますか。
十五夜には、飛び跳ねながら、ウサー って鳴くのですよ。
ウソですよ。な分け御座いません。
鳴くと表現して良いのかどうか、うなると表現した方が良いのか、分かりませんが、ノドで音を出すには、出しますよ。
子供の頃、一時期、家でウサギを飼っていたことがあるのですよ。
リンゴの木箱に金網を張って、その中で飼っていたのですが、警戒して、脅したつもりなのではないかと、思うのですが。
めったな事では、普段は音を発しませんよ。
ある日、イタチを取りましてね。
イタチは、農家にとっては、良いような、悪いような存在でして、ネズミを獲ってくれるのは良いのですが、ニワトリを襲うのですよ。
夜中、ニワトリ小屋に隙間から侵入して、十数羽くらいなら、皆殺しにしてしまう悪さをしましたからね。トリの肉を食べるわけでは無いようですよ。
田舎では、ニワトリの血を吸うのだ、と言われてましたね。吸血鬼ですわ。
そのような悪さをするので、イタチは、退治される存在でしたね。
それで、ある日、退治したイタチをウサギの箱の上に置いた時に、ウサギが、その警戒音を発したのですよ。
なんと表して良いのか、ちょっと難しいのですが、“グ”だか“ゴ”だか“グゴ”だか、そんな音を発しましたよ。
ウサギにとっても、天敵なのでしょうね。
ウサギには、水を与えなくて良い、と言われてましたね。人参、キャベツ、クローバーの葉など、良く食べましたね。草の水分で十分なのでしょうね。
これが、ある日、蓋をあけた時に、逃げ出しましてね。追いかけたら、菜種畑に逃げ込まれましてね。間もなく収穫と言う時でしたから、菜種の枝が密集していて、人間は、分け入ることが出来ないのですよ。根っ子にちかい部分は、枝が無いので、ウサギは、どんどん行ってしまうし、ついに、逃げ切られて、捕まえることができませんでしたね。逃げ切られました。
どうなったか、判りません。行方不明でした。
中学時代に、柴取りに山へ、出掛けたことがありました。
冬期には、学校では教室に大きな石炭ストーブが設置されてあって、毎朝、用務員のオジさんが各教室のストーブに火を入れてくれるのですが、石炭は、いきなりマッチでは点火しません。
ストーブの中に、まず、柴を入れて、その上に幾分太いマキを置いて、その上に大きめの石炭をおいて、柴の部分に新聞紙を入れて、それにマッチで点火すると、次第に、石炭も燃えだすと言う具合でした。
と言うことで、教室のストーブを焚き付けるのに、柴が必要だったのです。
その柴を、4年生以上、中学生全員で山へ取りに出掛けたことがありました。
親切な山持ちの方が、柴を提供してくれたのですよ。
てなわけで、200人ほどの生徒が、一日掛かりで、カラマツの柴取りに山へ入ったのです。授業はなくて、山で遊べるから、皆んな生き生きしてましたよ。
秋でしたから、ついでに、山葡萄やらコクワ(キューイの小さいような形の実。熟すると甘い。)が取れるのですよ。オニギリをもって、遊びながらの作業でしたが、これが、野ウサギもおりまして、数匹捉える事が出来たのですよ。
さしあたり、鷹狩りのようなものですな。
多人数ですから、捉えることが出来たのですよ。
まだ、茶色の毛で、冬になると、これが真っ白の毛に変わりますが。
この捉えたウサギは、学校で飼うことになりまして、例のごとく、リンゴの木箱のようなものに入れて、金網を張って、飼育したのですが、ある朝、登校してみたら、みんな逃げてましたね。
野ウサギは、歯が達者なので、箱の板を食い破って、逃走しちゃったのですよ。
田舎の学校は、のどかでしたね。塾など存在自体知らなかったし、勉強は嫌いでしたが、身体を動かす事は、みんな得意でしたね。
野ウサギは、穴を掘って住処にしてますね。公園などで、ウサギを飼っているいるところは、地面のいたるところが穴だらけでしたね。
以前、映画で、大脱走と言うのがありましたね。スチーブ・マックウィーンがかっこ良かったの。あれも、穴を掘って脱走したのですが、ウサギを、公園などで飼う場合は、やはり穴を掘るので、時々、逃げ出していたようですよ。飼育係の方は、脱走させないようにするのが、骨が折れたようですな。
冬になると、真っ白になり、雪野原の中では、見つけ難いですね。
雪が積もると、餌に不足をきたすのでしょうね。野ウサギは、農家の近くまで良く来てましたね。馬や牛や羊の餌とする枯れ草を外積みにしてありましたから、そんなのを狙ってやって来ていたのでしょうね。
野ウサギは、農家の人にとっては、あまり歓迎すべき存在ではありませんでしたが、冬になると、ウサギも餌を取るのに難儀していたのを思ったからでしょうか。よく、トウキビなどを刈り取らずに、何本かそのままに放置したりしていましたよ。ウサギの餌用にと残して上げていたのでしょうかね。単に、刈り忘れただけだったのでしょうか。
だから、そのような刈り残しのトウキビのあるところには、ウサギの足跡が、いくつもありましたよ。
ウサギの足跡は、雪の上にハッキリ残り、特徴のある足跡だったので、ウサギだと直にわかりましたよ。
前足でしょうね。比較的平行に20センチ程離れて二つ並んで、そに後方に後足跡が、前足跡よりやはり20センチほど離れて、前後に二つ縦に並 んでいるのですよ。要するに、前に横並びの二つの前足跡があり、すぐ20センチ程後ろに一つ、その更に20程後ろにもう一つの後足跡がワンセットになって いるのですよ。
これが、雪の上に、続いているのが、彼方此方で見られましたよ。
子供の時には、刈り残しトウキビの所に、針金で輪っかを造って、要するにワナを仕掛けましたが、ちゃんと、ワナを避けて、トウキビを齧っていきましたよ。獲れたタメシはありませんでした。
ウサギは、自分の巣穴の近くへ行くと、止め足をするのですよ。ウサギの足跡を追って行くと、突然、足跡が消えてしまうのですよ。これを止め足と称していましたね。
止め足があると、その周囲を見渡すと、数メートル離れた所に、突然ウサギの足跡が始まるのですよ。要するに、横っ飛びするのですよ。これを数度繰り返したりするようです。
このようにして、例えば、キツネに後を着けられていたとしても、撒いてしまうのでしょうね。
だから、止め足を見つけると、ウサギの住処が近くにあるな、と判るのですよ。
北海道では、春先になると、積もっている雪の表面が日中に少し溶け出すのですよ。これが、夜中に冷えて、氷っぽくなり、繰り返されると、午前中は、雪の上に乗っても抜からなくなるのですよ。この状態をカタユキと行っていました。
カタユキになっても、時々、また、雪が積もることがあります。カタユキの上に20センチ程の新雪が積もった時が、野ウサギのピンチの時なのですよ。ウサギは走りずらく、スピードがでないのですよ。
この時が、ハンターの狙い時なのです。
おやじが、村田の水平二連の猟銃を持っていて、時々、仲間と鉄砲撃ちに出掛けていましたが、カタユキに新雪が降り積もったある時、野ウサギの新しい足跡を辿っていったら、止め足になっていたので、この近くにいるようだ、と言うことになり、どうも林の中のあの辺りがクサイので、私に、向こうへ行って、追い出せ、と言うのですよ。
自分は、こちらで、待ち伏せするから、と言うわけですよ。
私は、スキーでしたので、そーっと、向こう側へ回って、頃合いを見て、一気に騒ぎ立て、追い出しにかかったのですが、ウサギは出ませんでしたね。見事、空振りでした。
そうヤスヤスと、ウサギ待ち待ち、と言う具合には参らないものですよ。
しかし、おっかなかったのですよ。向こう側で、おやじが鉄砲構えて待ち伏せしているのですから。ウサギが、よりによって、私の方に、逃げでもしたら、私はたまったものでは御座いませんよ。狙い撃ちになり兼ねませんよ。
ウサギがいなくて、大助かりでしたよ。ウサギ狩りの勢子は、絶対にしない方が良いですよ。
野ウサギは、敵に追いかけられて逃げる時のスビードは、すごく早いですよ。兎跳びで、一目散ですね。
人間がやる兎跳びをイメージしてはダメですよ。
野ウサギのジャンプは、すごいですよ。
1度に10メートル以上も跳びますから。
体を丸めて、一気に後ろ足で蹴って、体を前方に、思いっきり伸ばしますから。
これを、連続でやりますから、すごいスピードですよ。カタユキの上だと、もの凄いスピードが出ますよ。
上手い事、野ウサギが獲れたら、野ウサギの肉団子ですな。野ウサギの骨は、比較的柔らかいので、出刃包丁の背でタタクと、すぐに、砕けるようでした。肉と一緒に丸めると、野ウサギの肉団子となるわけです。
このような時に、歌われたのが、
ウサギ おいしい かの山
というのですかね。
笑い事では御座いませんよ。本当にそう思っていたと言う方と、何度か出会ってますから。小ブナも、ウサギも美味しかった故郷、と言うのですから。
これを歌って、絆を、と言うことなのでしょうか。
ここで一句。
故郷は 小鮒もウサギも おいしけり
世の中、色々で御座います。
少しは、ヒマを潰せましたでしょうか。
またのお越しをお待ち申し上げます。
お後がよろしいようで。